かね玉、火柱、人魂

それは、確か昭和十二年夏の夜のことだった。よく晴れた真夏、一日中、炎天の田畑で働いた大人達が、夕飯だというので子供も一緒に集まって下のお勝手で三升炊きの釜と、八人鍋の味噌汁、その他母親の作った胡麻よごし、おなめ鉢、それらを囲んで家中十人の座る席が足りなく、腰掛けで食べてるいるものもいた。もちろん、真夏なので、家中の戸障子は全部取り外したり、開けうぱなしだった。
丁度、春蚕と初秋蚕の中間だから、座敷中、広々とがらん洞、風の通りがよくとても気持ちがよかった。表の庭の真ん中には、桜木町の大工の忠次郎叔父が風呂から上がって丸裸で、六尺の縁台の上に団扇片手に大の字なりで涼んでいた。私は一杯目を食べ終わって二杯目を盛ろうと、釜の所で杓子に手を出したとき、何か「パァlッ」と外の方が明るくなって手の影が釜に映ったので、変だなあと思ったら表の庭にいた忠さん叔父が、
「わあー、たまげた。飛びもんだ。飛びもんだ」
と叫ぴ、家に飛び込んできた。
何のことだろうと思ったら、忠次郎叔父の話によれば、縁台の上で仰向けで涼んでいたら、突然東の方の空から赤く光るでうかい玉が飛んできて、西棲の樫の木の天辺ねえぶうういて、
「ザアーッ」と音がしたような気がして散らばって消えたということだった。大人達は口々に、
「そりゃあ、きっと金玉だんべえ。人魂じゃあ、青ええはずだ」
「人魂じゃあ、いまうと小うちえはずだ」
「いまうと低くゆうくり飛んで、尻尾を引いてるはずだ」
等々、そんな話を聞いたあとは、夜一人でお手洗いに行くのも当分怖かった。
あとで聞いた話だが、そのときの金玉はうちばかりでなく、隣の人も井上さんの家の人も、その他の近所の人達も幾人も見たそうである。そして、見た場所によって金玉の落ちた所がまちまちで、うちの樫の木に落ちたという人、隣の樫の木に落ちたという人、また岩田屋さんの樫の木へ落ちたという人、何でも金玉の落ちた家は大尽になるそうだと、ひとしきり賑やかだった。
その頃以降、街には変な噂が嘱かれるようになった。
そうした折り、昭和十三年四月八日、夜七時過ぎ頃の出火で町立大宮尋常高等小学校の校舎の九十パーセント以上焼失という大火災があり、特にこの頃からいろいろなデマが飛び交い、どこそこの神社の境内に大きな火柱が立ったとか、それが倒れた方向に火災が起こるとか、あっちにも立った、こっちにも立った、あっちへ倒れたとか、こっちへ倒れたとか、まさに戦々恐々だった。
そんな折り、今度は中町の「いづみや(現・Dマー卜)」さんの酒部にぼろぼろの着物を着た白髪の男の老人が焦を持って酒を買いに来て、店員が苛るのを米に酒を計らせて、一滴もこぼれなかった。不思議に思った店員が後をうけて行ったが、途中で姿が消えてしまったの、神社の前で消えたのは、「三田川の飯田の八幡様が戦争に行って来だんだんべえ、着物は弾丸に当たって、ぼろぼろになったんだんベ」等々、それはそれは物騒な流言飛語が世間に氾濫した。
また中蒔田の消防団員が夜警のとき、蓑山の西の斜面をでえまん篭のような火の玉が転がって回るのを目撃して、勤務日誌に記載したそうである。そう言えば、この私も、昭和三十年代だったと思うが、まだ子供も小さく働き手も極端に少なく、一人男で秋の田刈りのとき、下の段の中大田の稲刈りをして、上の四升蒔へ稲架を造って夜なべにそれに掛けるので、中大田から「はんで」て(結束して)ある稲束を右の肩へ山ほどぐいんと担いで、土手を一う登って四升蒔へ南北に造つである稲架に南向きになって、星が締麗な真う暗闇の中で鼻歌を歌いながら無心に稲架掛けをしていた。

そのときに、そう低くなく、そう高くもなく、南西蚕糸会社の方角を直距離約三百メートル
位だったであろうか。青い火の玉が多少の尾を引いて、あんまりふわふわでもなく、ヒュlッと早くもなく、静かよりもやや早くスウlッと、西から東の中空へ丁度十六香西光寺の墓地の方角で消えてなくなった。
変だなあ。あれが噂に聞いた人魂というものかなと思った瞬間、背筋がぞーッと寒くなり、腕や頬の毛穴が逆立ったような嫌な気がしたので、早々後をも見ずに家に帰り、家族にその話しをしたら、みんな一瞬しゅんとして聞いていたが、そのうち母親が、
「それじゃあ、誰か亡くなったんだんべえ。そのうち、話が聞けるだんべえ」と言い、誰も無言だった。
それから、一、二日経って、蚕糸会社の裏の方のKさんの奥さんのMさんが亡くなった話を聞いた。Mさんはお寺の前のAさんの妹さんで、Oさんの御分家の人だった。どうもそう言われてみれば、あの晩の飛ぴ物はKさんの家の方角から札所十六香西光寺のお墓の方向へ飛んで消えたのだった。
Mさんは気さくで、よく自転車に乗り、日頃その辺で行き会っても愛婿よく挨拶した人だった。私と同じ名前だから、挨拶のために人魂になって見えたのかなと思った。その後、人魂も金玉も見たことはない。

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