臼挽き物語

うす挽きとは、挽き臼といって石で作った上臼、下臼で出来ていて、形は円筒形、大きさは
直径約三十五センチ位、厚さ二十五センチ位、重さは上下とも各四十キロ位である。下臼の方がやや重く、両方で八十キロ以上あったようだ。その上臼の下面と下臼の上面、つまり、上下の噛み合わさり面には、目といって中心の芯棒から外側に向かって放射状に二センチ位の間隔で幾筋かの浅い溝があり、その溝を基準にまた違った角度で外に向かって幾筋か、また角度を変えてという具合になっている。
このように円全面に浅い溝があり、溝の聞の尾根の面の部分は石撃で軽く叩いて、ざらざらにしてある。その下臼の上の面は中心がやや高く、円周に向かって緩い傾斜になっている。
上臼の下面もほぼ同じだが、上臼は中心部分が凹形で、上臼の噛み合わさり面に殻配りという深い溝が上面の穀物の落ちる穴に連結して、放射状の溝に穀物を配る役目をして環状で、円周半分までもなく消えている。
上臼上面には、臼皿という窪みがあり、片隅に穀物の落ちる径四センチ位の穴があって、そこから適量を挽きながら入れてやれば、上臼の重量と回転で粉になるというものである。
それでは、まず「割り挽き」から述べてみることにする。
農作業などとの兼ね合いを考え雨や雪降りにすることもあるが、主に夜なべに割り挽きといって夕方早めに農作業を繰り上げ、早夕飯(夕飯を早い時間に食べる)を済ませて少々食休みをしてから、年寄りを除いて家族中で広い土間一面に麿を敷き詰める。この場合、昔は挽き臼は常時土間の邪魔にならないところに鎮座していた。
その挽き臼を中心に蒋を敷き詰め、臼から少し離れた土間の真ん中に「通し」といって据付用の傾斜度自在の簡をおっ立てる。これで割り挽きの準備がほぼ整った。
後は水車ゃからうすで精白して、よく乾かして、貯めて置いた大麦を二斗桶へ一杯入れ、挽き台(中央に石の挽き臼を固定してある。挽けた穀物や粉を受けて溜める。角材の四本脚の付いた箱形で、深さ三十センチ、横水平に幅九十センチ四方位、高さ百十センチ位で一辺の底部に挽けたものの出し口がある)の外側の角に石油箱(昔、石油の一斗缶が二本ぴった内入った輸送用の外箱)などを土台にして乗せておき、石臼の上面の臼皿には網のない飾の輸を縛り付けて、上臼の穀の落ちる穴の中へ箸位の篠の管を二、三本入れ、二斗桶の大麦を輸の中へ入れて、挽き台の一辺に一人ずつ陣取って四人で力を合わせて左手で挽き台の角に掴まり、右手で挽き木(上臼の上部外側に固い木の日の丸みに添って頂点十五センチ位の丸みのある三角形で、竹の丈夫なたがで締め付けて止めてあり、その上部に臓という突起があり、その隣と天井棒に取り付けられた厚板の直径四、五センチの穴に連結した握り頃の竹の棒、または上臼に石の張り出たものがあり、これに穴があり、その穴に長さ四十センチ位の棒を固定)を掴んで、時計回りと逆に回す。
輸の中の大麦が減るので、ベテランのはっ込み手が挽き木の回転の合聞を縫って、片手で素早くさっと輸の中へ木の大椀などで麦を補給する。
こうして、家中で力を合わせてゴンゴン挽く(回す)と、いつの間にか挽き台の中は、上白、下臼の噛み合わさり面から出た砕け大麦が溜まる。
今度は、挽き台の出し口下へ「ため」(試しの桶)という片手の付いた一斗五升桶をあてがって、出し口の蓋を取り、「ため」に七分目位出し、それを右肩に担ぎ上げて、土問の真ん中の
「とおし」の舟へ静かに落とし込むと、「とおし」は飾だから、細かく砕けたのは金網の下へ、まだ荒いのは金網の上を走り降りて、そこに据えてある楕円形の器へざあーっと溜まる。それを「ため」に取ってまた掛ける。四回位掛けると、金網から抜けないのはまた挽く方へ一戻す。
その間も、挽き手は一生保定m挽きに挽く。とおしには後ろ側の脚の後ろ部分や側面には滞を
きちんと回しておくが、それでも「麦っ花」という微粉がもうもうと立ち込め、座敷の方と仕事場を仕切ってある戸障子はすべてきちんと締めきっておくが、それでも翌朝は座敷の方まで「麦っ花」(微粉)ですべすべして、板の間や上がり鼻(桓の縁)などは気を付けないと滑って危ないようだつた。
挽き続けるうち、だんだんと砕麦となり、挽く材料が少なくなってついには全部「挽き割り」となり、とおしの下側に溜まる。細かすぎるのも粉も一緒なので、これでは御飯にはならないから、今度は「麦っ花とおし」といって、米の場合の米糠離しと同じく、とおしの角度をやや急にして、粉末の混じった「挽き割り」を二回位繰り返し掛ける。それは「麦っ花挨」で、向こうも見えずマスクをしていても鼻孔は詰まり、臆毛はぼさぼさ、こんな思いをして一家の糧株を確保するのである。
とおしの上を走ったのが「挽き割り」といって麦飯の原料で、二疋割合で白米と混ぜて主食とする。とおしの下に落ちたのは、またさらに選別する。「小割り」は次のランクで、これを嬬米と炊いて「小割りぼた餅」にするととても田舎そのものの素朴な風味があり、爽やかな旨きである。その下のランクは、さらに挽き臼で挽いて簡に掛け、「麦っ花鰻頭」と名付け、粘らずに独特の風味がある。
こうして一年中の自分たちの働きを少しでも無駄にしないように、穀物の屑の屑までも食料として役立てた昔の人たちの知恵は、大いにとってもって範とすべきである。
臼挽きにはこの他、「もろこし挽き」とか、「小麦ひき」とか、いろいろな穀物を粉にして利用するにしても、家中の者が力を合わせて取り組むから自ずから連帯意識、団結心が培われ、
思いやりの心が生まれる。
さて、「もろこし挽き」のことが出たので、それから話を進めることにする。
もろこしというが、ここでは「とうもろこし」のことである。秋、収穫して房のまま軒下などに吊して乾燥させたとうもろこしを、房からもいで粒々になっているのを三升でも五升でも一、二畳夜水に漬けてから、「しようぎ」に上げ蒋にひろげて乾燥させる。芯までかちかちに乾燥させ過ぎない程度に干す。
それこそ、「ムエ夜はもろこし挽きだよ」と、母親がいうと、子供たちもその気になって夕飯を早く済ませ、早速取り掛かる。
割り挽きと違って臼皿へ輸などは付けず、穴へ篠管も入れず、ただ臼皿へもろこしをこぼれない程度の山盛りに乗せる。それで、割り挽きは勢いよく回すが、もろこしゃ小麦、米などは静かに挽く。あまり早く回すと、臼皿の上の穀物が振り因されて、上からぱらぱらこぼれる。これでは粉にはならないので、母親は静かにもろこしの粒をほんの四、五粒ずつ(上臼が一回転するごとに)穴に落とし込む。少しずつ入れるとなかなか終わらないような気がするが、
その方がよく噛まれて良い粉が早く出来る。
早くガラガラはっ込むと早いような気がするが、よく噛まないで荒っこなしで出てくるから、粉もザラザラ荒いし、飾からむぐらないから回数を多く挽かなければ結局、兎と亀の競争のよ
うなものである。丁寧にした方が良い粉が出来て、作った鰻頭も旨いのが出来る。
もろこしばかりでなく、何を挽いても一番挽き、二番挽き、三番挽きとある。一番挽きは、最初の穀の粒を砕く。二番挽きは一番挽きで砕けたのを簡で振るって、下に出たのが粉、上に止まったのを挽く。この二番挽きが一香よく噛んで良い粉が得られる。三番、四番と飾に掛ければ、ついには挽くのがなくなって糟が少し残るので、これは午にくれる。
次は、「そば挽き」である。家では、正月三箇日は「朝そば」の家例で、あと七草、小正月、えびす講は二十日、天神様、二月の初午、お節句などにそば食を摂る。
「そば」ばかりではなく、石臼で挽く穀類はすべて挽く前に石拾いをするか、「よなげる」といって一旦水洗いして、比重の重い石や砂を底に沈澱させて除くという順序を経て乾燥させて「挽き臼」で挽く。そばは一番挽きは荒っぽくはっ込んで、まず玄そばのあの黒い殻を除く。
一香挽きで出たのを簡でなく箕で吹く。それで、箕の風で出たのがそば殻である。箕の風で出ないのを二番、三番と挽き、四番の粉はそば作りの打ち粉にする。そば打ちのとき、小麦粉を打ち粉にしては出来たそばが風味が悪くて旨くない。うどん粉は小麦、だから、そばとは相性がよくない。米や米の枇などは、もろこしと性質がだいたい同じである。
ところで、難関は「小麦挽き」である。小麦挽きは、主に麦の収穫、脱穀の終わった頃の夏場に集中する。それは、一年中で一番目が長く労働も激しい季節で、空腹になりやすいこと、それに七夕様もくるので、「す鰻頭」やら「炭酸鰻頭」を食べる季節でもあるからである。ただ、夏の臼挽きは恐ろしい。暑くて野良仕事の出来ない昼休みを利用して、小屋の土聞は割合広い土間だが、裸でも汗が流れるのに、臼挽きなんかすれば、背中は汗のタツボ(急流)。肘からも顎からも汗がしたたり落ちる。母親は黙々と簡を使って粉を篩う。ときには、幼い弟妹を背負ってのこともある。今で想えば、誠に頭の下がる思いがする。
二番挽きが恐ろしい。小麦の二番挽きは、うどん粉のなりかかりが上臼と下臼の間で小麦が乾燥していても粘ってくっつく。吸い付く感じで固定している下臼を引っ立てそうになる。
昔の嫁御は「一に辛いは姑様、こには小麦の粉離し」といって泣いたと、子供の頃、よく年寄りから聞かされたものである。先人たちがこんな苦労をして維持して来た田畑だから、売ったり貸したりしたお金で楽をするわけにはいかないのである。
小麦挽きの途中、母親が飾っている隙によく下の荒川へ水浴びに逃げて、夢中で遊んだのはよいけれど、さて帰るときのばつの悪いこと。大人にしてみれば、臼挽きなり、草むしりなり、あてにしているのに逃げられたのだから、そんなことで父親の大雷が落ちたり、それよりも母親や祖母などの世迷い言の方が身に泌みる。
臼挽きは四季を通じて行われるが、暮れの餅掃きの準備の米の枇挽き、「餅の取り粉」も枇の粉だった。あとは小正月の繭玉の材料の小米挽きは楽だった。

印象深いのは黄粉挽きで、お節句が近づくと必ず大豆を煎って黄粉にする。煎りたての香ば
しい熱いような大豆を臼皿に載せて、母親がはっこみ手で弟妹と挽いた。大豆も上からこぼれやすいので静かに挽く。だんだん挽けたり飾ったりするうちに、黄粉に近くなる。
あまりいい臭いなので、臼挽きしながらちょいとつまんで口に持っていく。すかさず、母に手の甲など叩かれる。今考えると本当に卑しいものだった。黄粉挽きは摘んで食べるから余計に重くなるのだと叱られたものである。
その当時の臼挽きの思い出を書いてみた。一緒に臼を挽いた元気な妹が二人も他界した。そうそう、ここで落としてならないのは「香煎」挽きである。香煎とは、あの麦焦がしのことである。加工して麦落雁などになる。
初夏、お蚕上げも済んで、田植えとの短い問、大麦の刈り入れがあり、早速脱穀をするが、そのとき落ち穂などとして拾った分などを余分の儲けということで、子供ばかりの楽しみでなく、大人のお八つなどのために、まず脱穀調整したきれいな大麦を汗を拭き拭き、水洗いして乾燥してから一生懸命火を燃やして「賠熔」、で少々強めに妙る。外皮が少々焦げるくらいに妙る。それを今度は、あの挽き臼のお世話になって粉にし、よく飾って精選した粉が香煎で、それに少量の砂糖を加えてよく混ぜると、これぞ本物の香煎である。

子供の頃、大人からお茶椀やお皿などへ香煎をもらって祇めたが、下手に祇めると自分の息で吹き飛んだり、呼吸と一緒に鼻の孔に入って喧せて、ぶうぶう香煎の粉を撒き散らすと、「香煎をこぼすと蚤が増えて困るよ」と、大人たちから言われたものだった。
その他、香煎はお椀に入れて、水で練って大人も子供もよくお八つにしたものである。

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