一、瀬張りの名人

幕末から明治にかけての頃。「武甲山北村」に、二人のアユ獲り名人がいた。その一人の元吉さんは六尺豊かな大男、だったという。
ある夜、「道元ばけ」(崖。高さ四十メートル位)の向こう側の道元あたま(道元副のすぐ上
とあみ流)で投網を打っていた。今のようにヘッドランプなどないから、真っ暗闇である。
向こう側の崖の下でも誰か網を打っている気配。日頃から元気な元吉さんは思わず「誰だツ」と大音声を発した。
すると突然に、道元ばけが一度に崩れ落ちたような、それはそれは驚くばかりの大笑いが起こった。川天狗である。さすがの元吉さんも背筋がぞlッとして、慌てて下の山の太右衛門坂の急坂を夢中で這い上り家へ飛び込んで、布団を突っ被って寝込んでしまったそうな……。

その元吉さんだが、何を隠そう瀬張りの名人である。百姓仕事をまわしておいて、ムジナ測と道元測の間へ瀬張りを張る。白い木綿の荒い網、すなわち鬼網である。これを川幅一杯六尺間隔位に杭を打って、それに持たせて張り、川岸近くの「ザラ」(浅瀬)に部屋網を張る。
アユの本能を利用した漁法だ。つまり、鬼網に驚いたアユが「ザラ」へそれる。それを待ち受けているのが部屋網。そこは迷路である。迷路の行き止まりに捕獲器の「もじり」と称する具を何カ所か瀬に向けて仕掛ける。
「もじり」とは、長さ約四十センチ位の細い竹ひごをアケビ蔓などで格子状に数カ所編んだ、直径約十センチ位の丸い筒状で、先端は絞って砲弾型をしたものである。元の部分はそのまま「あぎ」も付けず、ただ縁をかがっただけの粗末なこんなものかというような代物である。つまり、前にしか出ないアユの本能的な性質を利用した捕獲方法である。
そして、一日に何回か「もじり」をはたく(空にする)。一つの「もじり」にごてごてと六、七寸以上もあるアユが五、六匹も突っとうっていて、何本もの「もじり」を一度にはたく。
「ひとつばたき壱両だあー」と、元吉さんは雀躍する。一日幾両かになる。当時としては、え
らい現金収入だったことになる。

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